徹底解剖!ディスコミュージック

カフェの黒板

流行の背景

小さの黒板

流行については、日本の流行について述べたいと思います。日本には二度のディスコブームがあったとされます。 また、このディスコブームにはディスコミュージックと、クラブとしてのディスコが非常に強く結びついています。 まずは、第一次のディスコブームについてです。ディスコが日本に入ってから10年くらいが経過した1975年から1979年にあたり、 この当時は日本のバンドなどがまずはディスコミュージックとして広まりました。

それと一緒に踊れる場所としてディスコがあり、より一層広まったのですが、さらにここで、 ディスコを取り扱った映画が公開され、当時の日本で大ヒットします。 結果、ディスコを知った若者が増え、大きな波紋を呼んだのです。 特に、海外のディスコミュージックをたくさん取り入れる動きがあり、海外のヒット曲も国内でカバーされたりしました。 第二次ブームは1985年から1988年くらいです。 こちらでは、洋楽のディスコミュージックから、日本風のポップなディスコミュージックが流行りました。 この背景としてはイタリアからユーロビートが日本に入って来たから、というのが挙げられます。 新たに取り入れたユーロビートを日本のアーティストが積極的に使った結果、ディスコミュージックが増えた、と言えるでしょう。

一旦ディスコミュージックは廃れていきますが、その後バブル期に少しだけ盛り上がりました。 ただ、バブルのイメージが強くなったことや、ディスコミュージックが最も流れるディスコに、 犯罪などのアングラなイメージがついたこともあって、若い世代の人から敬遠される理由となり、 最近では日本ではディスコミュージックはほぼ聞かれなくなってしまいました。